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聖龍

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龍族の歴史(古代期・前編)

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龍族とは、たんに龍とともに生きていた集団ではなく、さまざまな存在とともに生きていたグループでした。
ですから、わたしは龍族という名称にとても違和感を感じるのですが、とてもわかりやすく、すでに知られた名称でもあるので、この名称を使わせて頂きます。

龍族は人間と日本神界の神々とうまく調整をとりながら暮らしていましたが
ある時期を境に龍族は時代の表舞台から姿を消します。
それは、龍族が日本神界のゴタゴタに巻き込まれる形で自分たちの集落を滅ぼされたことからです。

地球規模の大きな天変地異の後も、龍族は引き続き今まで通りの暮らしを続けていましたが、このころは以前に比べて龍族の数は大きく減っていました。
男性や女性が増えてきたのもこの頃からだったと思います。
そして、服装や髪形などの装いも古代の日本人と同じような形に変化していきました。
生活の場も、龍族が起こした火山活動の影響から、阿蘇周辺から北九州周辺に移り始めました。
北九州でも宗像は特に龍族とご縁が深い場所だと思います。

この頃は、一部の人間の権力者が龍族の能力に興味を持ち始め
彼らは龍族の叡智や能力を取り入れようと苦心します。
かれらは様々な方法をとりました。
ふつうに龍族に叡智や能力の使い方を聞いても教えてもらえない人間は、
血に叡智や能力が宿ることを知っていたことから、龍族の村に若い女性を遭難者や逃亡者のように送りこみ、その女性と龍族の男性が結びつかせ、そのことから龍族の血を人間にとりいれようと試みました。
ただ、その方法は龍族にはお見通しであったことから、なかなかうまくいきませんでした。
そこで人間が次に考えた方法が赤子(乳児)を送りこむという方法でした。
その方法はとてもうまく行き、ある時期から龍族は人間の乳児や子供と一緒に暮らすようになります。
そこから龍族たちの意識は少しづつ変わっていきました。
龍族の結界もここから崩れ始めます――

龍族には統率するリーダーや権威者は存在せず、龍族全体にかかわる重要な問題は、複数のグループの代表者たちが協議していましたのですが、ある問題から龍族全体の足並みが揃わなくなってきました。
その問題とは、人間とのかかわり合いです。
龍族は人間への奉仕の中から、人間に愛着を持ち始め、人間への共和性を持ち始めます。
簡単に言うと人間と龍族の距離が縮まっていくのです。
これらはちょくせつ病気を癒したり、共同で治水工事や山道、農地の開墾などを行ってきた『蒼い衣をまとう者』のグループから多く湧きあがってきていました。
龍族が何人かの人間の女の子と一緒に暮らすようになったのも、その要因の一つかもしれません。
彼らは人間に対する『愛』をおこなう方法を変えようとしはじめたのです。
一方、『銀の衣をまとう者』のグループは、人間との距離を保つことから本当の愛の奉仕ができるという考えを持っていました。
銀のグループの反対にも関わらず、龍族で大多数をしめる蒼のグループの要望により、龍族は人間との交流を深めます。

この頃から人間と龍族の交流が深まり、龍族の村に人間が出入りし、龍族のもとで修行する人間もでてきました。宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町のある場所は龍族のころの修行場に使われていたと思います。
この頃から人間の中にも龍族のように龍とともに暮らす人間がでてきました。

龍族の龍は、銀のグループの持つ叡智と能力――あえていうなら『レムリアの錬金術』――によって生みだされていました。
そのため人間たちは
銀のグループによるエネルギーの調整と
蒼のグループによる直接指導のもと
龍族のように龍とともに暮らしていき始めます。

ただ、ここで日本神界との兼ね合いがでてきます。
人間と深くかかわりあうようになってきた事から、日本神界の干渉が入るようになりました。
そして、この頃の日本神界はいまのように整然とはしておらず、いろいろゴタゴタしていた時期でもあり、龍族はこの日本神界のゴタゴタに巻き込まれるようになります。
私はそう思いませんが、人によっては龍族は日本神界によって滅ぼされたと考えていらっしゃる方もいます。
それは次回にご説明させてください。


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by healing-seiryu | 2009-02-25 03:24 | 龍族
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